勝手気ままにレビュー

勝手気ままにレビュー

書籍・映画などの感想

最高の会話劇『フラニーとズーイ』J.D.サリンジャー/村上春樹 訳

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人生で三本の指に入るほど面白い小説だった。ほとんど徹夜をしない僕が,深夜2時まで貪り読んだのは,桐生夏生の『OUT』以来だ。

 

『OUT』はサスペンスで結末がどうなるのか気になって読み進めたが,本書は会話劇,特にズーイのシニカルであり,皮肉めいたユーモアもあり,それでいて真理を突き刺す,一字一句見逃すことができなかった。

 

会話劇というように,ズーイとフラニーの対話が本書の半分以上のページを占めている。映画『セトウツミ』で河原で男子高校生二人がゆるくおしゃべりするというのとは,一味違い,会話劇は宗教や哲学に触れる内容だ。

 

会話だけで読者を圧倒させるのは,作者の力量がすごいの一言に尽きる。何度も推敲を重ねたのだろうと思っていたが,村上春樹の解説で,サリンジャーはズーイ編の制作に1年半かけたと書かれていて,やはりそうだったんだと感じた。

 

村上春樹の本書への愛があふれている解説は以下のURLから読める。

https://www.shinchosha.co.jp/fz/fz_murakami.html

 

精神がまいっているフラニーはイエスの正しい祈り方を求めたりするのだが,ズーイのそれに対する回答が秀逸だった。他人がどうこう言うのよりも,自分のやり方や考えを信じろよというようなメッセージが込められていて,わが身に照らしていた。

www.shinchosha.co.jp

他人の評価ではなく自己評価『職業としての小説家』村上春樹

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村上春樹の小説は面白い。だが,何で面白いのか説明はできなかった。だからこそ,彼の半生についてや,どのような思いで小説を書いているのか,その裏側を知りたかった。

 

まず最初の章で,小説家というのはエゴイスティックな人だし,賞賛の対象には値しないような人などと,自身が小説家なのに卑下していて,素直な人だし,等身大だなと思った(個人的に小説家に限らず,編集者も似ていると思う)。

 

彼の文章には無理くり何かの型に落とし込もうとしたりせず,自分の価値基準に従って,文章を紡いでいる印象を小説や,この本から受けた。ある意味,自分基準で他人の評価などはあまり気にしていないように見受けた。

 

だからこそ,文学賞に選ばれないことに対してさして興味を抱かないし,自身が文学賞の選考委員を務めない理由もそこにあった。務めない理由として,自分は主観的でしか物事を把握できず,そういった価値基準で新人の命運を左右してしまうのは乱暴である,ということをこの本の中で,おっしゃっていた。

 

仮に自分がそのような審査員的なお仕事が来たとして(未来10年来るはずはありませんが),そんな風にきっぱり答えられるかと問われると微妙なところである。お願いされたからには,受けてしまうような気分になっていると思う。

 

村上春樹のデビュー作『風の歌を聴け』の制作秘話も語られていて,そんなやり方でこの小説を完成させたのかと,驚いた。というのは,一回小説を書き上げた後に,何か違うと思い,それを一度英語に翻訳したそうだ。その後に英語を日本語に翻訳することで,デビュー作ができあがったそうだ。

 

突飛な方法だと思ったが,だからこそ彼なりの文体がそこに誕生したそうで,面白いと思った。そういう執筆の裏側を知れるのは本書の魅力だと感じた。

 

本書を通じて,村上春樹は他人の考えに流されることなく,自分の考えに基づいて行動しているのがとてもかっこいいと感じた。例えば,村上は毎日ランニングを欠かさずしているが,そのことに対して「小説家ならそんなことをしていてはいい小説はかけない」と,言われたことがあるらしい。

 

しかし,彼にとってランニングは小説を書き上げるうえで,執筆の体力をつけるために必須のことであり,また運動をすることがどうしていい小説を書けなくなるのかわからず,結局彼はランニングをやめることをしなかった。

 

自分を省みて,人の評価や他人の助言を気にすることが多かったが,それで本当にいいのだろうかと非常に考えさせられた。会社で働いていると,上司や同僚から評価がくだされ,それを気にして躍起になって行動していたが,はたして自分はそれでいいのか,疑問に思った。

 

というのは他人の評価というのは,とても主観的であるからだ。僕のことを好きな人をいれば,もちろん嫌いな人がいる。嫌いな人が上司であれば自分を評価するとき,悪く評価を付けるのは定めであり,それを覆すことはそう簡単なことではない。

 

そんなことを思っていると,他人の評価に一喜一憂するのは何だかばからしく感じてきた。どれだけエゴイスティックに物事を楽しめるか,そういうことのほうが重要ではないのかと思った。

 

村上もこの本の中で,小説を書きあげる際に,自分が楽しめたかというのを重要にしていて,他人からの評価などはそういう評価もあるよな,という程度にとどめていた。

 

現在の小説家のトップがこんなことを言っているのだから,説得力がある。肩の荷がおりた。自分の主観的な感覚を指針として,明日からの仕事を楽しんでいきたいと思った。

 

www.shinchosha.co.jp

アメリカの時代のうねり『Weの市民革命』佐久間裕美子

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サステイナブルな環境を維持するために,アメリカでは多様な問題提起が市民規模で起きているのがよくわかった。

 

購買が,その企業を支持することにつながるという考え方が新鮮だった。Amazonの労働環境の劣悪さ,メーカーから搾取するようなビジネスモデルという背景があり,Amazonで購買することが,そういったAmazonの背景を支持するということにつながる。

 

購買はさながら,政党への投票というような意味合いを持ち出しているのは,間違いではないし,今後の日本でも同じような潮流が来るのではないかと想像した。

 

特に環境問題に対する意識はとても高くなっていくのだろう。環境問題というと富裕層の意識高い系が好むテーマと揶揄されがちだが,実際はそんなことを言っている場合じゃないのだろう。

 

巷で「SDGs」を耳にする機会が増えていっているように,地球上の利用できる資源は現在の消費のスピードで進めば,近い未来に資源が枯渇するのは目に見えているようだ。

 

だからこそ個人規模で行動の変容が求められていくのかもしれない。服や食品,装飾品を買うとき,環境に適した流通過程を踏んでいるのか,また長く使い続けることは可能なのか,今後の消費の際に問われていくように感じる。

 

環境に反する社会活動をする企業の商品にペイすることは,最初に述べたように,その企業を支持することにつながり,消費をする際の判断に大いに影響を与えるのだろう。

企業側もそれによって生産過程や広告の表現手法は変革を迫られることになるのかもしれない。

 

この世相が進めば,長時間労働を推奨し,劣悪な環境で労働を強いている企業は淘汰される日も近くないのかもしれない。

 

環境問題以外にも,コロナ禍の中,最高潮に達したブラック・ライブス・マタ―にも触れられていた。この運動に参加したのは,黒人に限らず白人も大勢参加していたというのは,時代が変わりだしているように感じた。

 

個人主義アメリカが,2003年以降からweという言葉を持ち出し,みんなで乗り越えようという気概が伝わってきた。

 

www.asahipress.com

すべて捨て去り極楽往生『死してなお踊れ 一遍上人伝』栗原康

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一遍の話もそうだが,まずこの筆者にひかれた。

 

なぜなら,本書の始まりが「わたしはセックスが好きだ」から始まるのである。タイトルから硬い読み物を想起していたが,思いっきりカウンターパンチをくらわされた。感無量だ。

 

そんな筆者の文体もすごい。「チキショウ」「フォォォォ」「ナムナムナムナム」っていう口語体表現なのか,叫びなのか,そのどちらともとれる文体が,これまでの伝記系の読み物と比べて,圧倒的に自由度が高かった。

 

最初だけこの調子なのかなと思ったが,約300ページずっとこの調子である。筆者の言葉でいえば,圧勝である。

 

かといって,筆者はふざけているわけでは一切ないというのが,そこがまた狂っていてよい。参考文献の一覧や,文献の引用から相当マメに調べつくしたうえで,執筆しているのが伝わってきた。

 

努力をしていないようで努力をしているといえばいいのかわからないが,すごいことをすごくないように見せている。

 

とまぁ一遍を知る前に筆者に強い興味をそそられるところである。

 

本書は一遍の生い立ちから死ぬまでを事細かに解説している。

全体を通して伝えたいことは「捨てる」というキーワードだろう。つまり徹底して欲を捨てていくということだ。他人の評価や,欲しいもの,家族や,物,あらゆるものをかなぐり捨てて,念仏を唱えることが,極楽往生できる方法と信じ,一遍は踊り狂うのだ。

 

この教えは自由主義の現代で,他人の評価や自己の成長を追い求められる風潮が強く,骨の髄にまでその考えが染み込んでいる僕らにとって必要な教えなのではないかと感じる。

 

仕事ができるようになりたい,上司や友達に認められたい,そんな欲望の中で悩み,苦しみ,もがき,悲しむ人が多い現代において,この一遍の「捨てる」という教えは,生きる上での処方箋のような気がしてならないと感じた。

 

このような考えは,おわりにで筆者も触れている。実際,筆者も一遍の踊り念仏に深く傾倒する前には,欲望の中で苦しんでいたようだ。

 

約700年の時を超え,一遍の教えは現代の僕たちの悩みを解決してくれるヒントを提示してくれている。

 

僕も他人の言葉に何か気にせず,自分の声に耳を傾けて,自分のやりたいことを突き進むのみである。それが僕にとっての念仏である。ありがとう一遍。

 

追伸:

ちなみに,筆者の栗原康さんのことが気になりいろいろと調べたら,以下のインタビュー記事が面白かったので,興味のある人はご参照ください。

yomitai.jp

韓国が本気出してきている『BLACK PINK~ライトアップ・ザ・スカイ~』

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初めてBLACK PINKについて知ったけど,すごすぎないですか。

アジア人で初めて世界的フェス・コーチェラに出演して,オーディエンスを沸かしたり,レディーガガとコラボレーションしたり,世界ツアーでアメリカ,ヨーロッパ,アジアを席捲したり(しかも全てアリーナレベル),ってやばくないですか。

 

このドキュメンタリーをマジで見たほうがイイ。どうせK-POPなんて色眼鏡かけている人は,その眼鏡はぶっ壊されるはずだ。音楽は日本のアイドルソングと比べたら,洋楽みたいでカッコいいし,ダンスはみんなキレッキレだし,だいたいみんな英語話せるし,レベル高すぎと思った。世界を周っていることから,事務所のゴリ押しとかじゃなくて,本当に全ての完成度が高すぎるから,世界から求められるのだろう。

 

かといってみんなポッと出じゃないっていうのがまたいい。練習生として4~6年間下済みを得てのデビューしている。一日14時間,13日連続で練習した後に1日休んで,また練習…。振り付けは自分たちで考えて,毎月毎にCEOの前でダンスや歌を発表して,日を追うごとに人が減っていくって,どんだけ過酷な日々過ごしてんだよ。

 

日本でいう,中学高校時代を全て練習に捧げたせいで,普通の学生時代を送れなかったことを後悔しているインタビューから,あぁ,本気でこの子達はダンスや歌に向き合っているんだなと感じた。

 

彼女らをアイドルと勝手にとらえていたけど,これは大きな間違いだった。アイドルじゃなくて,アーティストだ!!! アイドルというとどうしてもAKBみたいなみんあ制服着て,キャピキャピするみたいなイメージがあっていたけど,彼女らを同じカテゴリーで括るのは違和感がある。

 

まず,彼女たちのファンの映像を見ると,ほとんど男性が出てこない。男よりも女性が多く映っているのが,印象的だった。なぜだろうと思ったら,まず彼女たちの服装やメイクがかっこいいいし,曲ももちろんかっこいいし,女性にとっても憧れる存在なんだろうなと思った。それに最初から女性をターゲティングした,ブランディングをしているんだろうなと思った。

 

個人的見解だが,男は女の子がかわいければ勝手にファンになる生き物だと思っているので,最初から女性をターゲティングしたほうが,いいに決まっていると思う。

 

それぞれのメンバーもキャラクターがバラバラなのがいいし,一番はプロデューサーのテディの存在だ。日本の秋元康的なポジションだと思うけど,圧倒的に若かった。若かりし頃のつんく。的な雰囲気なのかもしれない。彼の戦略が間違いなく,彼女らのヒットを支えている。

 

思うに,同じアジア人として彼女らの世界的ヒットはほほえましく思う。と,同時に日本ももっと頑張ってほしいなと思う。このドキュメンタリーを見る前までは,アジア人がアメリカやヨーロッパで売れるなんて,正直難しいだろうと思っていた。

 

日本では成功している人なんてほとんどいないし,見たことがなかったからだ。しかしそれは言い訳にしかならないと思った。BLACK PINKの成功を見れば,アジア人さえ,世界でヒットすることは可能ということを証明してしまった。

 

BLACK PINKに限らず,韓国のエンタメってすごいよな。映画・パラサイトはアカデミー賞だし,BTSビルボード1位だし,飛ぶ鳥を落とす勢いだ。

 

日本のエンタメだと黒澤映画で止まってしまっているのだろうか…。悲しい限りだ。

もっと日本も世界に示せる作品を発信できないだろうか。。。とりあえずBLACK PINKすごすぎ。。。

暮らしをていねいにするとは?『暮らしのなかの工夫と発見ノート 今日もていねいに。』松浦弥太郎

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職業柄,帯の推薦文や,著者の肩書に編集長と名のあるものに関しては脊髄反射してしまうぐらい,興味をもつ。本書の著者も例外ではない。『暮らしの手帖』の編集長(元?)である著者というのにグッと来た。

 

しかも,暮らしをテーマにしているのもよかった。編集者の出す本って結構,「俺の編集術」とか「文章の上手な書き方」とかはありがちで,そのような暑苦しい本を読むと,胃もたれしそうなので,そことは一線を画しているのがよかった。

 

文庫本にも限らず,表紙の紙もいいのを使っているし,装丁や本文のフォントがあたたかみがあり,量産型の文庫とはまた違った風合いを出していて,もっているだけでほっこりする。

 

暮らしをテーマにしているだけあって,毎日を楽しく生きるヒントがちりばめられていた。例えば,自分プロジェクト。自分プロジェクトとは誰かに押し付けられて始めているのではなく,自発的にそれも長期スパンで考える自分だけのプロジェクトを指している。著者はギターでお気に入りの1曲を何年もかけてうまくなる,っというプロジェクトをつくっていた。

 

自分だったら,どうするかな? 最近はスパイスカレーにハマっているので,自分だけの最高のスパイスカレーをつくることを何年もかけてやってみても面白いかと思った。

 

またちゃんとしたご飯,コンビニのおにぎりとかではなく,手作りのごはんを食べること,所作を美しくする,箸の持ち方をきれいにするなど,著者はタイトル通り「ていねいに」暮らすことを心掛けているのが,とても伝わってきた。

 

自分を省みると,暮らしについて丁寧に生きているだろうか,と思わされる。朝はギリギリまで寝てしまっているし,めんどくさいということで掃除は後々になってしまい整理整頓ができてなかったりと,どうやらていねいに暮らしているとは程遠そうだ。これを機に,自分の暮らしを見直してみるのはいいかもしれない。

 

また著者はわからないことはわからないといい,わからないことはメモしわからないメモの箱にしまい,ある時にそのメモの内容を調べて,解決していくということをしており,面白い発想だなと思った。自分もわからない言葉や,事象と出会ったときに,後で調べようと思って,結局調べずじまい,ということが多い。そのときにはこういう方法を活用するのは一興かもしれない,と感じた。

 

全体を通して,読みやすく,一章事も短いので,気楽に読めて,よかった。

 

今回は暮らしをテーマに書いていたが,最初の著者の紹介で,「高校をドロップアウトしてアメリカに渡った」「肉体労働をしながら路上で本を売っていた」をさくっと紹介していたが,その話めちゃくちゃ面白そうじゃんって,思って気をひかれながら最後まで読み終わった。

 

違う本に書いてあるのかなと思いますが,探すのがめんどくさい‥‥。と思ってしまったが,こんなときこそていねいに,と著者に諭されそうだ。

www.php.co.jp

高校ラストの青春狂騒曲『ブックスマート』

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勉強一筋のお世辞にもイケてるとはいえない女子高生二人組の卒業式とその前日を描いた,青春の一幕。

 

努力することを選んだがゆえに,遊びやバカをするのをやめた高校時代を送っていたおかげで,念願の志望校に合格した二人。しかし,彼女らの合格した志望校には,めちゃくちゃ遊んでいた同級生も受かっており,ほかの遊んでいた同級生も高学歴な大学に受かりまくっていた。

 

「私たちは高校時代を捨てて勉強に励んできたのに…」そんな悲痛の思いから,せめてこの二日間で全力で高校時代を取り返すべく,二人のはっちゃけ感は,こちらも一緒に青春の楽しさをおすそ分けしてもらっているような気分になる。

 

ドラッグにセックスにダンスパーティと,これぞアメリカンな展開に期待通りであった。その中でも女子高生がオ〇ニーの話を生々しく語っていたりするときは,アメリカってやっぱり自由な国だよなと思わざるを得なかった。だって日本の同じ年代の役者,例えば森七菜がドラマでオ〇ニーの話とか絶対せえへんやろな~とか思った。

 

それだけではなく,男女の恋愛に限らず,レズの恋愛にも真摯にストーリーが展開されており,あまりそういう映画を観たことがなかったので,新鮮な気持ちになった。レズの恋愛で難しいなと思ったのは,まずは互いにそっちの気があるのかと,勇気をもって確認せざるを得ないところだ。男女の恋愛ならそのような手間はない。その確認は想像でしか補えないが,さぞや苦しいだろうなと思った。

 

とりわけ主人公の二人組に限らず,それぞれのキャラクターが非常に立っていて見ていて飽きない。ゲイのアクター,配車サービスで副業している校長,神出鬼没のラリッた女,すべてが秩序だっている一方で,めちゃくちゃぶっ飛んでいる感じがたまらなかった。

 

また随所随所の音楽も秀逸で,緩急が非常にあり,耳からも楽しませられた。

 

自分事でいえば高校時代は勉強漬けだったから,こんな感じではっちゃけってみてもよかったなと思った。映画の中で「頑張るほど人は離れて行く」っていうセリフがあって,的を得ているなと思った。頑張っている人というのは総じて,近寄りにくい雰囲気が出ており,主観ではあるが比較的孤立しやすい,まぁ付き合いが悪いってことなのかもしれない。

 

面白いだけじゃなくて,人間ドラマもあり,非常に楽しい映画である。

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